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四国遍路とは

四国遍路とは、四国八十八ヶ所の霊場を順拝することをいいます。
巡拝する人を親しみをこめて「お遍路さん」といいます。

四国遍路は、徳島県・高知県・愛媛県・香川県の四国四県にある、弘法大師ゆかりの八十八ヶ所の霊場(札所)を時計回りに巡る、全長約1,400kmにおよぶ壮大な巡礼の旅です。

四国遍路

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四国八十八ヶ所の霊場は弘法大師(空海、774~835年)が開かれたもので、八十八の霊場をめぐる四国遍路は、伊予国温泉郡荏原村(現在の愛媛県松山市)の長者・衛門三郎が自分の非を悟り、弘法大師のあとを追って四国を回ったのが始まりだといわれています。

この霊場全体は、長い歴史を経てかたちづくられてきたものです。
弘法大師が若い頃から修行された集大成が八十八の霊場です。
弘法大師が42歳の時に四国を巡錫し、従来から存在していた寺や新たに開いた寺88ヶ所を選び、霊場として開いたとされています。
また、この頃の事蹟が最も多いところから弘仁6年(815年)に開かれたと伝えられています。

弘法大師が62歳で入定後、大師への信仰は高まりますが、平安末期に行われていた八十八ヶ所の巡礼は、修行僧を中心としたものでした。
それが庶民の間に広まったのは元禄時代前後だといわれています。

巡礼者は、お寺を一つ一つ詣ることで、自分の迷いを解き、身も心も清らかにして八十八の煩悩を取り除き、悟りを開いていきます。

四国遍路は、昔ながらの歩いてめぐる「歩き遍路」が一般的です。
今でも白装束で歩いている老若男女を数多く見かけます。
しかし、最近では道路が整備され、マイカーやタクシー、団体バスを利用する人も多いようです。
わたしは、マイカーでまわりました。
今度まわるときは、歩いてまわろうと思っています。

四国遍路

四国遍路をする人は、さまざまな年齢層でその目的や手段は人それぞれです。
願い事を携えてめぐる人もいれば、仏の供養、精神鍛錬または楽しみのひとつとしてなど、めぐる目的はさまざまなようです。

いずれにしても、この四国八十八ヶ所を巡る旅は、四国の美しい自然(ほとんど海岸線に沿って歩きますが、山の中に入るところもあります。海あり、山あり、街の中あり。)を感じ、弘法大師ゆかりの聖地を訪ねる旅でもあります。
そしてひとつひとつお寺をまわっていると、弘法大師を身近に感じるようになります。

四国四県は、2006年11月、ユネスコの世界文化遺産の登録候補として「四国八十八ヶ所霊場と遍路道」を文化庁に共同提案しました。

(追記)
2008年9月26日、文化庁は、新たな世界文化遺産候補として、地方自治体から公募した32件のうち「金と銀の島、佐渡」(新潟県)など5件を選びました。
これにより日本の遺産候補は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の暫定リストに既に掲載されている「平泉の文化遺産」(岩手県)など8件を含め計13件になりました。

四国四県が再提案していた「四国八十八箇所霊場と遍路道」は暫定リスト入りはなりませんでした。

(参考)「佐渡」のほかの候補4件は、三内丸山遺跡を含む「北海道・北東北の縄文遺跡群」(北海道、青森など4道県)、世界最大級の前方後円墳「大山古墳(伝仁徳天皇陵)」を含む「百舌鳥・古市古墳群」(大阪府)、「九州・山口の近代化産業遺産群」(山口、福岡など6県)、「宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県)です。

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