第36番 青龍寺(しょうりゅうじ)

第36番・青龍寺の概要

青龍寺・石段と山門

延暦22年(803年)に唐(中国)に渡った弘法大師は長安の青龍寺で恵果阿闍梨(けいかあじゃり)和尚から密教の奥義を授けられました。
その恩に報いるために寺の建立を願い、唐から東方(日本)に向かって独鈷杵(どっこしょ、密教の法具)を投げたたそうです。
日本に帰った弘法大師は四国巡錫中にこの地で、松の木にとまっていた独鈷杵を発見しました。


そして、嵯峨天皇(在位809~823年)に奉上して勅許を得て、不動明王を刻んで堂宇を建てたと伝えられています。

山号の独鈷山はここに由来しています。
寺号の青龍寺も恵果和尚が住した唐の青龍寺に倣ったといいます。

青龍寺は、広い寺領と諸坊を備えた大寺院であったが、江戸時代初期に一時荒廃しましたが、その後、土佐二代藩主山内忠義が正保年間(1644~1648年)に再興しました。

境内にある石像

仁王門を潜って170段の長い石段を上ったところに唐の青龍寺にならって、本堂、大師堂、薬師堂が一直線に並んでいます。
石段の途中左手には恵果和尚のお墓がひっそりと立っています。

本堂に安置された波切不動明王は、弘法大師が帰国の途中、嵐にあって難破しそうになったとき、不動明王が現れ、手にした宝剣で荒波を切り開いて難を救いました。
弘法大師はその姿を刻んだそうです。

弘法大師が刻んだ本尊・波切不動明王は海上安全にご利益があるといい、漁師たちの信仰を集めています。

本堂には、本尊と一緒に寄木造りの愛染明王像も祀られています。
この愛染明王は鎌倉時代の作で国指定の重要文化財になっています。

青龍寺へは宇佐大橋を渡り海沿いの景色のいい道を進み、途中ちょっと奥まったところにあります。

青龍寺・本堂

第68代横綱・朝青龍(あさしょうりゅう)のしこ名の由来はこの青龍寺からです。
モンゴルから相撲留学していた明徳義塾高校はすぐそばにあります。
青龍寺の石段でよくトレーニングをしていたそうです。

第36番 独鈷山 青龍寺(とっこうさん・しょうりゅうじ)

高知県土佐市宇佐町竜163
JR土讃線伊野駅から約25km
高知自動車道・伊野ICから国道33号、県道39号を土佐市宇佐町方面へ。約50分。
御詠歌 わずかなる泉に棲める青龍は 仏法守護の誓いとぞ聞く
本尊/波切不動明王 宗派/真言宗豊山派 開基/弘法大師 宿坊/なし
次の第37番札所・岩本寺まで約59km

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