第44番 大宝寺(だいほうじ)

第44番・大宝寺の概要

大宝寺仁王門の大草履

大宝寺は、用明天皇(在位585~587年)の時代、明神右京と隼人という狩人の兄弟が十一面観世音菩薩像を発見し、菅生山に祀ったのが寺の始まりといいます。




それから約100年後の大宝元年(701年)、文武天皇(697~707年)の勅願寺となり、年号をとって大宝寺となりました。

また、大宝元年(701年)に百済から十一面観世音を奉持して来日した僧侶が、ここに草庵を結んだという説もあります。

その後、弘法大師が山中で修法し、この大宝寺を四国霊場に定めました。

後に兵火に遭い、全山が焼失しますが、松山藩主などの寄進で復興されました。
一時は48坊を擁する大寺でした。

大宝寺・参道入口

第43番・明石寺からここ大宝寺までは約86kmあり、いくつもの峠を越えていく最難関の道のりであり、いわゆる「遍路ころがし」でした。

参道入口脇には、おくま大師堂があり、参道から境内にかけては、檜やの杉の大木がそびえ立ち、鬱蒼としています。

樹木は、春や夏に生長します。
特に春は生長が速く、大きくて膜のうすい細胞ができます。
そして秋になると、小さくて膜の厚い細胞ができ、生長が止まるため1年に1つの輪(年輪)ができます。
年輪を数えると、その木の年齢(樹齢)がわかるということです。
ここ大宝寺の檜は樹齢400~500年、杉は樹齢800~1000年ということだそうです。

仁王門にある大草履は、百年に1回取り替えるそうです。

青い銅板葺き屋根の本堂がある境内は、久万高原の山の中にあり空気も澄み、木々の間から射し込む光の中でひんやりとした雰囲気が漂っていました。

本堂への石段

朝まゐりはわたくし一人の
 銀杏ちりしく
     山頭火

第44番 菅生山 大宝寺(すごうさん・だいほうじ)

愛媛県上浮穴郡久万町(現、久万高原町)菅生二番耕地1173
JR予讃線松山駅から約43km
松山自動車道・松山ICから国道33号を久万高原町方面へ。さらに県道12号へ。約1時間。
御詠歌 今の世は大悲のめぐみ菅生山 ついには弥陀の誓いをぞ待つ
本尊/十一面観世音菩薩 宗派/真言宗豊山派 開基/明神右京・隼人 宿坊/あり(要予約)
次の第45番札所・岩屋寺まで約12km

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