第57番 栄福寺(えいふくじ)
栄福寺は、嵯峨天皇(在位809~823年)の勅願により弘法大師が開基しました。
このころ瀬戸内海では海難事故が多く、弘法大師が府頭山の頂で海神供養の護摩を修していると、満願の日に海は穏やかになり、海中から阿弥陀如来が現れたといいます。
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弘法大師はこの尊像を奉拝して、府頭山に登り寺を建て安置し、四国霊場としました。
その後、貞観元年(859年)、行教上人が男山八幡宮創建のために宇佐へ向かう途中、海が荒れてこの地に漂流してしまいました。
そして府頭山を見ると、いかにも男山に似ていて、阿弥陀如来は八幡大菩薩の本地仏でもあるため、そこに縁を感じて山頂に登り祈願したところ、霊のお告げがありました。
それで寺の境内に社殿を建て、神仏習合の寺となり、勝岡八幡宮としました。
しかし、慶応4年(1868年)3月の神仏分離令により、寺だけが現在地に移されました。
栄福寺には寛政12年(1800年)に九州からやって来た遍路が納めた古い納経帳が残っています。
これによると当時の遍路は3ヶ月かかって、八十八ヶ所を廻っていたことがわかります。
本堂横に置かれている木製の車と松葉杖は、明治8年(1933年)に遍路で訪れた少年が、ここで歩けるようになり、持っていた車と松葉杖を奉納したものです。
わたしは、ここで足腰健康守のお守りを買いました。
栄福寺は山の中腹にある静かなお寺です。
第57番 府頭山 栄福寺(ふとうざん・えいふくじ)
愛媛県越智郡(現、今治市)玉川町八幡甲200
JR予讃線今治駅から約4km
西瀬戸自動車道(しまなみ海道)・今治ICから国道196号、国道317号を玉川町方面へ。約10分。
御詠歌 この世には弓矢を守る八幡なり 来世は人を救う弥陀仏
本尊/阿弥陀如来 宗派/高野山真言宗 開基/弘法大師 宿坊/なし
次の第58番札所・仙遊寺まで約3.5km
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