第53番 円明寺(えんみょうじ)

第53番・円明寺の概要

円明寺・山門

円明寺は天平勝宝元年(749年)、聖武天皇(在位724~749年)の勅願により行基が本尊・阿弥陀如来を刻み、開基しました。
脇侍は観世音菩薩と勢至菩薩です。


後に弘法大師が巡錫し、堂宇を整え四国霊場としました。

当時は和気西山の海岸にあり、海岸山円明寺といわれていました。
しかし、幾たびかの戦禍により一山のほとんどを焼失しましたが、寛永10年(1633年)にこの地の豪族・ 須賀重久が今の場所に移し再建しました。
山号の須賀山は再建者の名をとっています。

円明寺・本堂

観音堂にある十一面観音像は、断絶した国主・河野家の遺臣たちが関ヶ原の戦いに敗れ、その戦死者の追善供養につくられたといわれています。

この円明寺には、慶安3年(1650年)に京都からの巡拝者が納めたという最古の銅板の納札(縦24cm、横9.5cm、厚さ1mm)があります。

本堂の欄間には、左甚五郎の作といわれている巨大な(4m)龍の彫り物があります。

大師堂の左側には、マリア像が刻まれている小さな塔があります。
江戸時代のキリシタン禁制の頃、信者は遍路に混じって密かに信仰を守ったそうです。

円明寺・マリア像

円明寺は、「和気(わけ)の円明さん」の愛称で親しまれています。

島遍路
 干潟歩きて
  近道す
      (歌碑)

第53番 須賀山 円明寺(すがさん・えんみょうじ)

愛媛県松山市和気町1-182
JR予讃線松山駅から約8km
松山自動車道・松山ICから国道33号、国道196号を。約30分。
御詠歌 来迎の弥陀の光りの圓明寺 照りそう影は夜な夜なの月
本尊/阿弥陀如来 宗派/真言宗智山派 開基/行基 宿坊/なし
次の第54番札所・延命寺まで約38km

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