第50番 繁多寺(はんたじ)

第50番・繁多寺の概要

繁多寺・山門

繁多寺は、孝謙天皇(在位749~758年)の勅願寺として、行基が薬師如来を刻んで開基しました。
当時の寺名は光明寺といいました。
後に弘法大師がこの地を訪れ、寺名を東山繁多寺に改めました。


繁多寺は、鎌倉時代に時宗を起こした、一遍上人が修行し、学問の研究に励んだ寺でもあります。
一遍上人は、延応元年(1239年)に生まれ、10歳で出家し、35歳のとき念仏三昧になるためすべてを棄てて旅に出ました。
上人がこの繁多寺で修行したのは、25歳の頃ではないかといわれています。
その後一遍上人は、空也を「先達」と仰ぎ、踊り念仏を広めていきました。

繁多寺・境内、本堂を見る

応永元年(1394年)、京都泉湧寺の快翁和尚が後小松天皇(在位1382~1412年)の命で住職となって以来、高僧があいつぎ、末寺100余り、36坊を擁する大寺になりました。
その後衰退し、現在に至っています。

繁多寺の鐘楼は、元禄9年(1696年)、法雲律師という人が社会のあらゆる階層の人々からわずかなお金を集めて造ったそうです。

鐘楼堂の天井絵は、中国古来の孝子二十四人の話を紹介する「御伽草子」の挿し絵をもとに描かれています。

鳥居の奥には歓喜堂があり、徳川4代将軍家綱の念持仏のひとつ、歓喜天が祀ってあります。
厄除け、商売繁盛、合格成就などの御利益があるといわれています。

鐘楼堂の天井絵

繁多寺は、道後平野が見渡せる高台にあり、松山城を中心とした松山市内を見渡せます。
天気が良ければその向こうに瀬戸内海を望むこともできます。
鬱蒼とした緑に囲まれた静かなお寺で、鳥の鳴き声が聞こえていました。

第50番 東山 繁多寺(ひがしやま・はんたじ)

愛媛県松山市寺畑町32
JR予讃線松山駅から約6km
松山自動車道・松山ICから国道33号を松山市内方面へ。天山交差点を右折し、西に進む。約30分。
御詠歌 よろずこそ繁多なりとも怠らず 諸病なかれと望み祈れよ
本尊/薬師如来 宗派/真言宗豊山派 開基/行基 宿坊/なし
次の第51番札所・石手寺まで約2.6km

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