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第62番 宝寿寺(ほうじゅじ)

宝寿寺・駐車場側の入口

宝寿寺は、天平年間(729~749年)聖武天皇(在位724~749年)が諸国に一宮を設けたとき、伊予の一の宮神社の別当寺として、中山川の下流の白坪に創建されました。



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天皇は金光明最勝王経を奉納し、名僧・道慈を任じて講読させたと伝えられています。
当時は寺名を金剛宝寺と称していました。

後に弘法大師が留錫中に光明皇后の姿をかたちどった十一面観世音菩薩を刻んで本尊として安置し、寺号を宝寿寺と改めました。

宝寿寺・本堂

弘法大師は、難産で苦しんでいた国司・越智公の夫人に境内の玉ノ井の水を加持して与えました。
夫人は立派な男児を出産し、「さみだれのあとに出でたる玉の井は 白坪なるや一の宮かは」の御詠歌を献納したといわれています。
それ以降、この十一面観世音菩薩は、「安産の観音様」として人々の信仰を集めることになりました。

その後、宝寿寺ははたびたび中山川の氾濫にあったので、天養2年(1145年)に堂宇を大修理しました。
その時の年号をとって山号を天養山にしました。

宝寿寺は、国道11号線の道路沿いにある簡素なお寺です。

宝寿寺境内の石仏

第62番 天養山 宝寿寺(てんようざん・ほうじゅじ)
愛媛県周桑郡(現、今治市)小松町新屋敷甲428
JR予讃線伊予小松駅から約100m
今治小松自動車道・いよ小松ICから国道11号を西条市方面へ。約10分。
御詠歌 さみだれのあとに出でたる玉の井は 白坪なるや一の宮かは
本尊/十一面観世音菩薩 宗派/高野山真言宗 開基/聖武天皇 宿坊/なし
次の第63番札所・吉祥寺まで約1.4km

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