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第49番 浄土寺(じょうどじ)

浄土寺・山門

浄土寺は、天平年間(729~749年)に孝謙天皇(在位749~758年)の勅願により恵明上人が開基しました。
このとき、行基が刻んだ釈迦如来を祀り、本尊にしたと伝えられています。




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後に弘法大師が巡錫し、四国霊場と定めてからは、寺内66坊、末寺7カ所を擁する大寺となり栄えました。

天徳年間(957~961年)に踊り念仏の開祖、浄土教の祖とも称される空也上人が諸国遍歴の途中訪れ3年間滞在しました。
近くには、空也上人の修行場だったという「空也谷」があります。
また、境内の隅には、空也上人が植えたとされる「空也松」の切り株があります。

浄土寺・本堂

空也上人は村人との別れの際、嘱望されて自像を刻み寺に残したといいます。
これは口から小さな仏像が六体出ている空也上人像です。
六体の仏像は、「南無阿弥陀仏」の六文字を意味しているそうです。
この空也上人像は鎌倉時代の名作といわれ、国指定の重要文化財になっています。

空也上人については、松山出身で近代俳句の基礎を築いたといわれる正岡子規も次のような句を残しています。

霜月の
 空也は骨に
  生きにける

浄土寺の仁王門は、大正11年(1922年)の建立で、たくさんの草履が奉納されています。
階段を上ったところにある本堂は、本瓦葺きで、全体の建築様式は、和様と唐様式が折衷した室町時代の建造物で、重要文化財になっています。

浄土寺・大師堂

お遍路や
 杖を大師と
  たのみつつ (歌碑)

第49番 西林山 浄土寺(さいりんざん・じょうどじ)
愛媛県松山市鷹子町1198
JR予讃線松山駅から約8km
松山自動車道・松山ICから旧国道11号へ。約10分。
御詠歌 十悪の我身を棄ずそのままに 浄土の寺へ参りこそすれ
本尊/釈迦如来 宗派/真言宗豊山派 開基/恵明上人 宿坊/なし
次の第50番札所・繁多寺まで約2.2km

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