四国遍路へのいざない > 讃岐の国・香川の霊場

讃岐の国・香川の霊場のカテゴリ

讃岐の国・香川の霊場

香川県

讃岐の国は波静かな瀬戸内海の悠久の自然の中で発達してきました。発心の道場に始まる遍路行は、修行の道場、菩提の道場を経て涅槃の道場へ打ち進み、満願成就となります。

第66番 雲辺寺(うんぺんじ)

雲辺寺参道の五百羅漢

雲辺寺は、弘法大師が16歳のとき、寺を建立するための材料を求めて登山したとき、霊を感じ、ここに堂宇を作ったといいます。





第67番 大興寺(だいこうじ)

大興寺・山門

大興寺は、弘仁13年(822年)、嵯峨天皇(在位809~823年)の勅願により、弘法大師が本尊薬師如来を刻んで安置し、堂宇も建立し四国霊場としました。
その後、戦国時代の兵火によりほとんどを焼失しました。



第68番 神恵院(じんねいん)

神恵院・観音寺・山門

神恵院は、琴弾山(58.6m)の頂にある琴弾八幡宮の別当寺でした。
琴弾八幡宮は、大宝3年(703年)、琴弾山で修行していた法相宗の僧侶・日証上人が開基しました。




第69番 観音寺(かんおんじ)

神恵院・観音寺・仁王様

観音寺は大宝3年(703年)、日証上人が琴弾八幡宮の新宮寺として創建したのが始まりです。
開創当時は、神宮寺と呼ばれていましたが、神功皇后が聖観世音像を刻み、安置したことから観音寺となりました。



第70番 本山寺(もとやまじ)

本山寺・仁王門

本山寺は、大同2年(807年)、平城天皇(在位806~809年)の勅願で弘法大師が本堂を一夜のうちに建てた「一夜建立の寺」と伝えられています。
本尊の馬頭観音、脇仏の薬師如来、阿弥陀如来も一夜で刻んで安置したといいます。



第71番 弥谷寺(いやだにじ)

弥谷寺・山門

弥谷寺は、奈良時代、行基が神秘な山に心を打たれ、堂宇を建立したのが始まりといわれています。
当初は、弥谷山の頂から瀬戸内海のこちら側(四国)と向こう側(中国)の八国が望めたために蓮華山八国寺と称していました。



第72番 曼荼羅寺(まんだらじ)

曼荼羅寺・山門

曼荼羅寺は、推古4年(596年)に弘法大師の祖先、讃岐国多度郡の郡司・佐伯家の氏寺として建立されたとあります。
この時は、世坂寺と呼ばれていたそうです。




第73番 出釈迦寺(しゅっしゃかじ)

出釈迦寺・山門

出釈迦寺は、我拝師山の北麓にある静かなお寺です。
弘法大師「捨身ヶ嶽」で知られているお寺です。
弘法大師は幼少の頃、自らが諸仏と話している夢をよく見たそうです。


第74番 甲山寺(こうやまじ)

甲山寺・山門

甲山寺は弘法大師の生誕の地に近いところにあります。
弘法大師の幼い頃はこのあたりの野山を駆け回って遊んでいたことでしょう。



第75番 善通寺(ぜんつうじ)

善通寺・正覚門

善通寺は、弘法大師の生誕の地であり、真言宗善通寺派の総本山です。
善通寺は、和歌山・高野山の金剛峯寺、、京都の東寺(教王護国寺)とともに弘法大師の三大霊場のひとつです。


第76番 金倉寺(こんぞうじ)

金倉寺・弁財天石仏

金倉寺は、弘法大師の血縁(弘法大師の姪の子)にあたる智証大師円珍(814~891年)の生誕の地です。
智証大師は天台宗寺門派の開祖でもあります。




第77番 道隆寺(どうりゅうじ)

道隆寺・仁王門

道隆寺は、和銅5年(712年)、土地の豪族・和気道隆(第76番・金倉寺を作った和気道善の弟)が創建しました。




第78番 郷照寺(ごうしょうじ)

郷照寺・入口付近

郷照寺は神亀2年(725年)、行基が阿弥陀如来を刻んで安置したのが始まりで、当時は、道場寺といっていました。
後の弘仁6年(815年)、弘法大師が42歳の時に、この地を訪れ、自作の尊像を刻み、厄除けの誓願を行い密教の霊地として栄えました。


第79番 天皇寺(てんのうじ)

天皇寺・入口付近

弘法大師が巡錫中、八十場(やそば)の泉の付近で霊感を得ました。
そしてそばにあった霊木で十一面観世音菩薩像を刻み、堂宇を建立して安置しました。
これが天皇寺の始まりです。



第80番 国分寺(こくぶんじ)

国分寺・仁王門

天平13年(741年)、聖武天皇(在位724~749年)は、諸国に国分寺を建立することを勅願しました。
その国分寺のひとつがこの讃岐の国分寺です。
聖武天皇の勅命を奉じた行基が本尊十一面千手観世音菩薩を安置し、開基しました。



第81番 白峯寺(しろみねじ)

白峯寺・山門

白峯寺は、弘仁6年(815年)、この地を訪れた弘法大師が白峯山中に如意宝珠を埋め、閼伽井(神仏に供える水をくむ泉、井戸)を掘り、衆生済度を誓願し、堂宇を建立したのが始まりです。




第82番 根香寺(ねごろじ)

根香寺・仁王門

根香寺は青峰・赤峰・白峰・黒峰・黄峰の総称である景勝地・五色台のひとつ青峰にあります。
根香寺は、弘法大師が唐(中国)に留学する前に、海路の無事を祈願してこの山で草庵を結び花蔵院を建立し、五大明王を祀ったのが寺の始まりといいます。



第83番 一宮寺(いちのみやじ)

一宮寺・山門

一宮寺は大宝年間(701~704年)義淵僧正が創建し、当時は大宝院と称し、法相宗のお寺でした。
後に、行基が訪れて堂宇を修築し、讃岐一宮の田村神社の別当寺となり、寺名も一宮寺と改めました。



第84番 屋島寺(やしまじ)

屋島寺・仁王門

屋島寺は、源平合戦の史跡、屋島山上のほぼ中央にあります。
屋島は、海抜約300mの溶岩台地で屋根のような形をした島だったので、「屋島」と呼ばれていますが、今では、海に飛び出した台地になっています。


第85番 八栗寺(やくりじ)

八栗寺に続く道

八栗寺は、天長6年(829年)弘法大師が開基した五剣山の中腹にあるお寺です。
弘法大師がこの五剣山で求聞持法を修行中、五柄の剣が天より降ってきましたが、山の鎮守蔵王権現が現れ、山の鎮護を告げました。

第86番 志度寺(しどじ)

志度寺・五重塔

志度寺は、推古天皇33年(625年)、凡園子尼(おおしそのこに)が霊木で十一面観世音菩薩を刻み、堂宇を建てて安置したのが始まりです。
志度寺は、瀬戸内海・志度湾の近くにあります。



第87番 長尾寺(ながおじ)

長尾寺・仁王門

長尾寺は、天平10年(738年)行基がこの地を巡錫中に道端の楊柳で聖観世音菩薩を刻み、堂宇を建立して安置したのが始まりとされています。





第88番 大窪寺(おおくぼじ)

大窪寺・仁王門

矢筈山(標高800m)の東腹にある大窪寺は四国霊場最後、結願の寺です。
大窪寺は、養老元年(717年)に行基が開基したと伝わっています。




当サイトについてと免責事項

  • 四国遍路へのいざないは個人で運営しているサイトです。
  • 当サイト内の掲載情報をご利用された際に発生した、いかなる損害・トラブルについても、一切の責任を負いかねますのでご容赦ください。
2007 copyright(c) 四国遍路へのいざない All Rights Reserved.
[PR] SEO対策済みテンプレート

  • seo