眉山、阿波おどり会館

ちょっと寄り道・徳島県

徳島市内を望む

徳島市にある眉山は、「眉の如 雲居に見ゆる 阿波の山 かけて漕ぐ舟 泊知らずも」と『万葉集』に詠まれたことからこの名前の由来があるといわれています。
遠くから見ると眉のような形をしています。


眉山

眉山は、標高290mの東西になだらかな丘陵地で、山頂へは、ロープウエイとドライブウエイが通じています。
頂上からは、徳島市街はもとより、紀伊水道に面した徳島平野が一望でき、淡路島に大鳴門橋、天気の良い日には、はるか紀伊半島まで見ることができます。
また、夜景鑑賞にたくさんの人が訪れます。

眉山山頂の花

頂上付近は、眉山公園として整備されており、桜の季節には、花見客で賑わいます。
公園内に、モラエス館、パゴダ平和記念塔があります。

平成19年(2007年)5月に、さだまさし原作の小説『眉山』が全国で上映され、徳島を舞台に繰り広げられる情感豊かな人間模様に、阿波踊りの演舞が花を添えています。

眉山山頂から徳島市内を望む

眉山ロープウエイ
眉山山頂へは、阿波おどり会館5階(眉山ロープウエイ山麓駅)から山頂駅まで、ロープウエイで約6分です。
山頂には、徳島の市街地が一望できる無料展望休憩所もあります。

眉山ロープウエイ

モラエス館
徳島で生涯を終えたヴェンセスラウ・デ・モラエスの記念館で、昭和51年(1976年)に徳島市眉山山頂に開設されました。

モラエスは、1854年、ポルトガルのリスボンに生まれた海軍士官出身の外交官で、明治31年(1898年)ポルトガル副領事として神戸に着任しました。
後に総領事となり、大正2年(1913年)の退官を機に徳島市に移り住みました。
徳島は、亡くなった妻・福本ヨネの生まれ故郷でした。
徳島市伊賀町の長屋に住んだモラエスは、おヨネの姪の斎藤小春と暮らしていましたが、小春も4年後に病没してしまいました。

それでも徳島で執筆活動に専念し、『おヨネとコハル』『日本精神』『徳島の盆踊り』など、多数の本を著し日本の風俗や生活を海外に紹介しました。
昭和4年(1929年)に没した後、眉山山麓に顕彰碑が建立されました。

眉山山頂から徳島市内を望む

阿波おどり会館

眉山山麓駅にある阿波おどり会館には、衣装や鳴り物を展示し阿波おどりの歴史を学ぶミニ博物館「阿波おどりミュージアム」(3階)や、専属連と有名連による阿波おどりの実演を披露している「阿波おどりホール」(2階)があり、1年を通じて阿波おどりが楽しめます。

阿波おどり
「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」のフレーズでおなじみの「阿波おどり」は、約400年前、蜂須賀家政が阿波に入国したころにさかのぼるといわれています。
古くから伝わる盆踊りが起源で、徳島城の築城祝いとして踊られたのが始まりとする説など諸説あるそうです。

阿波おどりは、毎年8月12日から15日までの4日間にわたって開催されます。
三味線、鉦、横笛、太鼓が奏でる「よしのこ」のリズムに乗って約4万人お踊り子が街に繰り出し踊ります。
徳島の夏の風物詩としてすっかりおなじみで、全国からおよそ130万人が訪れます。

阿波おどり会館(眉山ロープウエイ)

徳島市新町2-20
JR徳島線・徳島駅から徒歩約10分。

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