鳴門ドイツ館、バルトの楽園(BANDOロケ村~歓喜の郷~)

ちょっと寄り道・徳島県

鳴門ドイツ館

鳴門ドイツ館」は、第一次世界大戦で鳴門市板東に俘虜として収容されたドイツ兵と地元の人々との間に芽生えた温かい交流、友好を後世に伝えようと、昭和47年(1972年)に建てられた記念館です。
平成5年(1993年)にリニューアルされています。

鳴門ドイツ館

大正3年(1914年)、第一次世界大戦で日本軍は、ドイツの租借地であった中国・山東半島にある青島(チンタオ)を攻略しました。
その時、敗れたドイツ兵約5,000人が俘虜となり、日本各地の収容所へ送られました。

そのうち、四国の徳島・丸亀・松山にいた約1,000人が大正6年(1917年)から大正9年(1920年)までの約3年間を鳴門・板東俘虜収容所で過ごしました。
板東の町では、俘虜たちを「ドイツさん」と呼び、彼らとの間で日常的な交歓風景があたりまえのように見られるようになったそうです。

鳴門ドイツ館外観と第九シアター

館内の展示資料からは、当時の収容所生活のほか、牧畜・製菓・建築・西洋野菜栽培・音楽・スポーツなどドイツの進んだ技術や文化を取り入れようとした当時の様子がうかがえます。

ベートーヴェンの「第九交響曲」を日本で初めて全曲演奏したところとしても有名です。
館内の第九シアターでは、30分おきに等身大の人形たちが音楽を演奏しています。
鳴門ドイツ館の周辺は、ドイツ村公園になっています。
散策にもいいと思います。

鳴門ドイツ館、ドイツ村公園

賀川豊彦記念館
鳴門ドイツ館のそばにあります。
鳴門ドイツ館で、共通入場券(鳴門ドイツ館、賀川豊彦記念館、バルトの楽園ロケ村に入場できます)を買ったので、入ってみました。
賀川豊彦(1888~1960年)は、鳴門市が生んだ偉人として知られ、生涯を社会と平和に捧げた社会運動指導者、賀川豊彦の活動を紹介しています。
21歳で神戸のスラム街で救貧活動に身を投じ、その後、アメリカ留学をへて、社会運動や労働運動に参加しました。
生活協同組合や日本農民組合を創設し、大正デモクラシーの気運を盛り上げました。

この記念館には、ボタンティアの説明員の方がいました。
「賀川豊彦って知っていましたか?」といわれたので、「知りません」と答えると、付きっきりで丁寧に説明してくれました。

鳴門ドイツ館、賀川豊彦記念館

鳴門市大麻町桧字東山田55-2
第1番・霊山寺より約1.5km
高松自動車道・板野ICより約10分。
JR高徳線・板東駅より徒歩約20分。

バルトの楽園」BANDOロケ村~歓喜の郷~

ロケ村

平成18年(2006年)公開の映画「バルトの楽園」の撮影に使われたオープンセットで、約10,00㎡の敷地に大正時代の板東俘虜収容所の風景が再現されています。

ここも、兵隊の恰好をした説明してくれる方がいました。

映画「バルトの楽園」は、第一次世界大戦中に、ベートーヴェン作曲「第九交響曲~歓喜の歌」が日本で初めて板東で演奏された史実を、ドイツ兵と板東の人々との交流をベースに描いた作品です。
ロケ村は、総工費3億円、6ヶ月かけて建設され、40日間の撮影が敢行されました。

ロケ村・入り口

「バルトの楽園」BANDOロケ村~歓喜の郷~

鳴門市大麻町板東字広塚25-1
第1番・霊山寺より約1.5km
高松自動車道・鳴門ICより約20分。板野ICより約10分。
JR高徳線・板東駅より徒歩約20分。

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